1. 二重生活
僕は、二重生活を送っていた。
A面:サッカー部の佐藤。
B面:バンドマンの勇輝。
なぜか、サッカー部のみんなには、バンド活動をひた隠しにしていた。
ツネにも言っていない。
なんなら加藤にも言っていなかった。
なんでだろうか。
完全にスイッチが違ったのかな。
今でも、よく分からない。
コピーバンドWooは、ライブこそなかったけど、少しずつ形になってきていた。
2. できる曲、できない曲
PEARL。
SHOCK HEARTS。
バラ色の日々。
サイキック No.9。
この辺が、できるようになっていた。
DEAR FEELING。
聖なる海とサンシャイン。
この辺もやりたかった。
でも、バンド以外の音が入っていたり、
世界観が難しかったり、
テクニック的に無理だったり。
あきらめた。
行き詰まったら、いつもの。
グリーンデイのバスケットケース。
これを弾くと、なんか落ち着いた。
お守りみたいな曲だった。
3. 2001年1月8日
2001年1月8日。
この日付を、僕は一生忘れない。
「メカラ ウロコ・8」
東京ドーム
事実上の、ラストライブだった。
WOWOWで放送されていた。
でも、うちにはWOWOWがなかった。
WOWOWを持っている友達に頼んだ。
「ビデオ、撮っておいて」
僕とユウと、メンバーで見た。
見まくった。
5. あの曲だ
ビデオを見ていたら、ある曲が流れた。
イントロが始まった瞬間、体が固まった。
あの歌詞だ。
中学1年の終わり、学校のイベントで聴いた、あの曲。
名前も知らない先輩が歌っていた、あの曲。
ブルーハーツだと思って、GEOでアルバムを3枚借りた。
歌詞カードを全部見た。
どこにもなかった。
THE YELLOW MONKEYだったのか。
あの先輩が歌っていたのは、JAMという曲だった。
消去法で選んだはずのバンド。
でも、僕は知らないうちに、もうこのバンドに出会っていた。
4. すり切れるビデオ
メンバーは、正直「またか」って感じだったと思う。
見せられてる感。
でも、僕には共有癖があった。
「このシーンがさ」
「ここの吉井さんがさ」
「このギターソロがさ」
ビデオがすり切れるほど、見た。
こと細かく覚えた。
真似もした。
そしたら、ユウも同じ温度でめっちゃハマってた。
これには意外だった。
俺だけがTHE YELLOW MONKEY好きだと思ってた。
でも、ユウもめっちゃ好きになってた。
初めてライブビデオを見たっていうのもあったと思う。
CDで聴くのと、全然違った。
ライブって、こういうことか。
東京ドームに5万人。
吉井和哉が歌う。
菊地英昭がギターを弾く。
廣瀬洋一がベースを弾く。
菊地英二がドラムを叩く。
かっこよすぎた。
5. 俺らも、やろう
このビデオに感化されて、僕らは決めた。
でも、ライブハウスはちょっと分からなかった。
敷居が高い。
お金もかかりそう。
どうしよう。
そこで思いついたのが、公民館だった。
近くの、同じ地域にある公民館。
調べてみたら、数千円で借りれることが分かった。
みんなでお小遣いを出し合えば、いける。
公民館ライブ、決定。
6. 進路という壁
ただ、ここで重要な問題があった。
もう中学3年生だった。
高校の進路を決めないといけない時期だった。
私立は無理だと思っていた。
お金の問題もあるし、勉強も得意じゃない。
どうしよう。
留寿都高校。
7. 留寿都高校との出会い
パンフレットを開いた。
Jリーガーが使うような、天然芝のサッカーグラウンド。
農業と介護が学べる、特殊な学校。
「昼間の定時制」という、ちょっと変わったシステム。
よく聞いていくと、受験がなかった。
面接と作文で入れる学校だった。
その時、僕は鉄腕DASHをすごく見ていた。
DASH村っていう企画が、とても好きだった。
農業、いいかもしれない。
母が言った。
「高校で介護を学んでおくと、就職がめちゃくちゃいいよ」
「お金もいいよ」
そして、何より。
ライブのために時間を使いたかった。
受験に時間を使いたくなかった。
8. まさかの展開
この話を、ユウにした。
「俺、留寿都高校に行くことにした」
そしたら、まさかの返事が返ってきた。
……え?
ユウも、留寿都高校に行くことになった。
バンドのボーカルと、ギターが、同じ高校。
僕らは、企み始めた。
「高校に行っても、音楽やろう」
「サッカーもやろう」
「留寿都村、牛耳ろうぜ」
中学生の、壮大な計画だった。
9. セットリスト会議
その前に、公民館ライブを成功させなきゃいけない。
いろいろ話し合った。
セットリスト。
チケットの配り方。
MCの内容。
僕らは、あの東京ドームライブに憧れていた。
だから、セットリストを全部丸パクリした。
できない曲は飛ばして、他のアルバムのできる曲を差し込んだ。
MCも、曲中の演出も、結構真似した。
メカラウロコ・8を、公民館で再現しようとしていた。
今思うと、すごい発想だ。
東京ドームを、公民館で。
5万人を、数十人で。
でも、僕らは本気だった。
10. チケット配り
チケットを配ることになった。
ここで、僕はある決断をした。
サッカー部には、配らない。
なぜか、見せたくなかった。
A面の人たちには、B面を見せたくなかった。
高校の進学に余裕がある子。
サッカー部以外の人。
何でも褒めてくれそうな人たち。
そういう人たちに、声をかけた。
「THE YELLOW MONKEYって知ってる?」
「知らない」
「でも、来てくれない?」
「いいよ」
意外と、優しい人たちは興味を持って来てくれた。
中学校って、いい時代だった。
11. 機材を運べ
公民館を借りた。
ライブの日が決まった。
お客さんも集まりそうだ。
でも、ひとつ問題があった。
機材を、どうやって運ぶか。
ドラムセット。
ギターアンプ。
ベースアンプ。
ボーカル用のスピーカー。
マイク。
ケーブル。
コーヤの家から、公民館まで。
地下鉄一駅分くらいの距離。
もちろん、地下鉄は通っていない。
どうする?
答えは、ひとつだった。
12. 荒野の行進
みんなで、コーヤの家に集まった。
機材を見る。
多い。
重そう。
「よし、行くか」
バスドラムを、2人で持つ。
「お前、ハイハットずるいぞ」
「いや、意外と重いって」
ギターアンプが、一番重かった。
荒野みたいな道を、機材を抱えて歩く。
息が切れる。
腕がプルプルする。
でも、楽しかった。
これが、自主ライブってやつか。
誰も助けてくれない。
全部、自分たちでやる。
公民館には、僕らしかいない。
でも、どっちも本気のライブだった。
13. 公民館の東京ドーム
ライブ当日。
公民館に、お客さんが集まってきた。
友達。
その親御さん。
数十人。
東京ドームの5万人には程遠い。
でも、僕らにとっては満員だった。
セットリストは、メカラウロコ・8の丸パクリ。
MCも、真似した。
曲中の演出も、真似した。
お客さん、たぶんポカーンとしてたと思う。
でも、関係なかった。
僕らは、僕らの東京ドームをやっていた。
演奏は、たぶんボロボロだったと思う。
でも、最後までやりきった。
14. それぞれの道へ
ライブが終わった。
機材を片付けて、また歩いて運んで帰った。
行きより、なぜか軽く感じた。
ユウと、留寿都高校に行くことが決まった。
公民館ライブも、無事に終わった。
コーヤは、違う高校に行く。
ゴーちゃんも、違う高校に行く。
Wooは、ここで一度解散だ。
でも、僕とユウは一緒だ。
留寿都村で、また何か始めればいい。
中学校で得たもの。
THE YELLOW MONKEYという、一生モノのバンド。
MTRとQY100という、一人で音楽を作れる環境。
公民館ライブという、最高の思い出。
そして、一緒に高校に行く仲間。
僕の人生を動かし始めていた。
高校編へ続く——