浦口先生。 僕らのサッカー少年団の監督。
いつも長靴を履いている。 風貌は、山下達郎のようなオーラがある。
基本、無口。 何を考えているか分からない。
でも、一言発すると、それが全部正解に聞こえる。
でも、背中で何かを物語っている人だった。
浦口先生がいると、空気が変わる。 僕らは自然と緊張感を持ってプレーできた。
そんな先生だった。
B面のおかげで、A面にも慣れてきた頃。
学校で、あるものが流行り始めた。
知ってる人は知ってると思う。 1990年代後半、小学生を熱狂させたあのヨーヨー。
ロングスリーパー、ブランコ、犬の散歩…… 技を決めると、めちゃくちゃカッコよかった。
で、ここで僕には秘密兵器があった。
実は、日本で流行る前に、ハワイでしか売ってない特別なヨーヨーを持っていたのだ。
蛍光塗料が塗ってあって、暗いところで光る。 後に「ハイパーブレイン」として発売されるやつ。
(親戚がハワイ土産でくれた)
僕はこれを、とにかく自慢したかった。
でも、自慢すると、なんかダメな気がしてやめていた。
ただ、みんなでヨーヨーで遊んでると、自然と僕のヨーヨーに目がいく。 「それ何?」「光るの?」「すげえ!」
もっともっと流行ってほしかった。
そんな中、あの日が来た。
3〜4台の自転車が、こっちに向かってくる。 友達だった。
みんなの自転車のカゴの中には、山積みになった駄菓子が入っていた。
「お前も取っていいよ」
取り放題みたいな感じで、駄菓子を配ってくれた。
極端かもしれないけど、夢のようだった。
後で知った。
それは、安倍商店というおばあちゃんが一人でやっている駄菓子屋から、万引きしたものだった。
……。
そして、その流れで、万引きが加速していった。
みんながヨーヨーを持ち始めた。
「ヨーヨー、盗める」「バレない」
そんな錯覚と一緒に。
僕の学校は、女子も含めて、万引きがとにかく流行った。
気づいたら、僕もそのうちの一人だった。
僕はヨーヨーを盗んだ後、クラスの持っていない子にそのヨーヨーを配った。
それはそれは、喜ばれた。
みんなが喜ぶ顔が、嬉しかった。
調子に乗っていた。 完全に、調子に乗っていた。
そして僕は、ついにボス戦を迎えることになる。
一緒に行ったのは、足の速いリョータくん。
バスで向かいながら、僕らは話していた。
「5個は盗むぞ」 「いや、俺は10個盗む」
……バカだった。 本当にバカだった。
後ろを振り向くと、5人の大人が横並びになって、僕らを歩いて追いかけてくる。
ドラマのオープニングシーンみたいだった。
走って逃げても、どうせダメだ。 おとなしく捕まろう。
警察も来た。
得意の妄想は、悪い妄想に変わった。
とてつもない嫌悪感に包まれた。
小学生にして、警察に捕まったのだ。
親が迎えに来てくれた。 ヨーヨー代を払って、今まで盗んできたところに返しに行った。 返せないところには、お詫びとお金を払った。
帰りの車。 お父さんが言った。
冗談めいた言い方だった。 でも、その一言が、僕にはものすごくカッコよく聞こえた。
絶対に、もうやらない。 そう決めた。
後日聞いた話。 リョータくんは、シンプルにボコボコに殴られて叱られたらしい。
リョータ、ごめん。
喋ることがなくなってしまった。
こうして、友達をなくす感覚も味わった。
次の日。 浦口先生に呼ばれた。 サッカー少年団、全員集合。
お叱りの時間が始まるのは、誰もが分かっていた。 きっかけを作ったのは、僕とリョータだから。
浦口先生が言った。
僕は立った。 リョータも立った。
そして、4分の3が立ち上がった。
噂になかった友達も立ち上がって、僕もびっくりした。
浦口先生は、一番端っこの奴の前に立った。
何か、一言言っている。 みんなの前で言うのではなく、そいつにだけ聞こえるような小声で。
何を言っているんだろう。 耳を澄ましても、聞こえない。
釘付けになっていた。
そして、何かを言い終えた後。
ビンタ。
それを、一人一人にやっていった。
浦口先生が、僕の前に立つ。
……何も言ってくれない。
みんなには何か言っていたのに。 僕には、何も言わない。
そして、ボソッと一言だけ言った。
聞き取れなかった。
ビンタ。
たぶん、他の人より軽かった。
「少し軽いビンタ」が、
僕にはとても重たく感じた。
浦口先生は、僕に期待してくれていたんだと思う。
それなのに、僕は裏切った。
言葉にされなかったからこそ、伝わった。
悪いことは、もうやめよう。
そう、心に決めた。
浦口先生、ありがとう。 両親、ありがとう。